ハッピーエンド目指して只今カナダで修行中なへなちょこフェアリーのお話♪
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フランス人がお金を使わなくてもエレガントな理由
「チープシック」というコンセプトを文字通り実践している女の子達といえば、やっぱりパリジェンヌ!と信じて疑わない「チープシック派」のあたし。
タイトルに惹かれて、パリジェンヌのエレガントの秘密を探すべくついつい読んでしまいました(笑)
日頃からエレガントである事に、ブランドや値段とかは関係ないと思っています。
例えば、デヴィ夫人って、どんなにキレイにしてても全然エレガントじゃないみたいな。
例えば、「東京カワイイ」は、可愛いのに、全然エレガントに見えないみたいな。
その点パリジェンヌたちは、ブランド大国フランスにありながら、高級ブランドには目もくれず、蚤の市やおばあちゃま達から譲り受けたものなどを、上手にアレンジしながら、自由なアイディアとセンスで、たちまち自分らしく、そして可愛いものに仕上げちゃう。
ちょっとした事なんだけれど、その才能は本当にスゴイ!
この本には、彼女達がどんなに節約家で、でもそうであるからこそ、自分のイマジネーションとアイディアを精一杯駆使して「エレガント」であろうとする、そんなパリジェンヌの秘密がいっぱい。
雑誌の流行に右ならえじゃなくて、ブランド・ロゴに依存するんじゃなくって、おしゃれってもっと自由で能動的な想像力であっていいんだと思う♪
だから消費世界にがんじがらめになって、受身の姿勢だけじゃ、絶対エレガントになれないのかも!
自分自身と対話することで自分自身を知ること、センスを磨いて心を豊かにすること、
少しでもエレガントに見えるために姿勢よく歩くこと、ナドナド。
エレガントであることは、実はもっともっと身近なことにあるのかもしれない、なんて。
それに限られた中だからこそ、想像力を自由に使って、素敵を作る、という行為は単純にすっごーく楽しいはず♪
なーんて、貧乏の言い訳みたい?(笑)

極端な話、エレガントが何なのかは分からないのですが、あたしが思うに、エレガントな女性は例え、大好きな恋人の前で一糸まとわない姿になったとしてもエレガントでありえると思うのです。
だからね、なるべくシンプルで、ナチュラルで、それでもエレガントであるというのは、すごーく理想。
ハリウッドの女優とフランスの女優が全然違うように見えるのも、そこに秘密があるのかもしれないなぁ・・・なんて皮肉ぽいかな?(笑)

お人形と結婚した男
最愛の恋人に瓜ふたつのお人形との奇妙な同棲生活を描く、心温まる物語。
ダッチワイフ?同棲生活?
一見とんでもない設定のように思えるけれど、ふふふっと笑えて、ちょっぴりせつなくって、ノーマルとかアブノーマルとかっていうカテゴリーがこの作品の中ではどうも陳腐すぎるほど陳腐に思えてしまうのです。
ちなみに、ケベック人作家、ルイ=トマ・ペルティエの作品。
というわけで、随所にカナダらしい描写があって、例えば「路上でキスするホモのカップルや、客引きをするゲイボーイなど、いまでは振り向く人もいないだろう。だが、ダッチワイフと散歩するというのは、まだまだ市民権を得ているとは言いがたい。だからぼくらは部屋にいることになる」とか、こういう描写はちょっと日本では書けないよね。

この設定を「くだらない!」と一蹴する人もいるかもしれない。
でも、中身を知ろうとせずにフレームだけで判断・評価することは難しいし、時としてそれはすごく危険な行為だと思う。
少なくとも、この作品はいかがわしいというよりは、寧ろすごくピュアである意味ノーマルだ。

こういう状況に陥ったときには、この広い世界のどこかに、いつだって自分よりももっと哀れな人間が存在すると思うことだと、聞いたことがある。どんなに惨めな目に遭おうとも、同じ瞬間にどこか別の場所で、もっと悲惨な事態が起きていると思えばいいのだと。だがぼくには、他人が自分よりもつらい目に遭っているという事実が、慰めになるとは思えなかった。むしろ、人間の苦しみには際限がないのだと思うと、よけいに絶望感がつのるように感じるのだった。
その夜、激しい雷鳴で目が覚めた。そのとき、ふと思った。この同じ瞬間、おそらく何千という恋する男が目を覚ましたことだろう。そのなかに、この目覚めを利用して、恋人を腕に抱くことのできる男が何人いるだろう?
窓を閉めにいくと、シーラ(人形)が見えた。緑色のセーターを着て、一人で椅子に座っている。怯えているようだった。ぼくは彼女を抱きしめ、一緒に眠った。
ぼくがシーラに抱いている感情は、正常と言われる男女のあいだに通う気持ちとまったく変わらない。なのに、どうして誰もわかってくれないのだろう?

とか。
友人と仲たがいしたままでいるのは好きじゃない。ぼくは平和主義者だ。小競り合いを個人レベルで解決しておけば、陰惨な解決手段に頼るようなことにはならない、と心の底から信じている。もしも蝶の羽ばたきが嵐を呼ぶのならば、もしも月ー空に浮かぶカマンベールチーズーが潮の満ち引きに作用するのなら、ぼくらのささいな衝突が世界大戦へと発展することもおおいにありうるのではなかろうか?そして、戦争における真の英雄とは、それを阻止する者なのだ。

とか、すごく頷ける。

何が普通で、何が異常なのか?
あまりにも混沌として、全てが見えにくくなっている世界で、あたしは、彼のこういう視点をノーマルと言わずに、何がノーマルと呼べるのだろうか、とすら思う。
そもそも、あたしはあまりノーマルとか、アブノーマルという言葉がすきじゃない。
先日も、授業でイギリス人の先生にそのことを指摘したばかりだ。
彼は、「ノーマル」という言葉を多用する。
「ノーマルという言葉は、その枠の外にいる人を疎外してしまう危険性を孕む言葉でしょう?」
「うーん、僕の言う意味のノーマルは、主要な、っていう意味なんだけれどね。批判的意味合いはないよ」
「でも、アブノーマルには批判的意味があるでしょ?だったらそのアントニム(対義語)にも優位的な意味合いがあるんじゃないかな?」
「あぁ、そっか。それはそうだね。それならオーソドックスとかメインストリームという言葉のほうがいいかもね」
オーソドックス!!!メインストリーム!!!
うん、こっちのが断然いいと思う。素敵。
あたしは、議論好きで頑固すぎるほど頑固な彼が、納得できることにはきちんとフレキシブルに対応できる寛容なタイプであることを嬉しく思ったし、感謝した。すごく。

人間の多様性は美しいし、その多様性に対して寛容であることも美しい。
あたしは、そのことだけは自信を持ってそういえると思う。
雨の降る日曜日には
雨のリズムと同じリズムを刻んでゆく言葉を探してみる。

雨が降っている。
ベッドの中で毛布をかぶり、私は地球にぶつかる雨の音を聞いている。
その音は優しく絶え間なく一本調子に続いていく。それを聞いていると、この雨はもう永遠にやまないのではないかと思えてくる。
黒い夜に降り続く雨。
しとしとしとしとしと
雨音は静寂を生み出す。
地球上のすべての生き物が口を閉じ、沈黙しているような、そんな静かな毎日が続いている。

狗飼恭子『あいたい気持ち』


やっぱり雨の日はアンニュイで淡くて、どこか穏やかな孤独を奏でるような言葉たちに出会いたくなって。
そして、そんな時間をとても愛しく思っているあたしだったりして。
ソドムの門―ある殺人者の肖像
「社会派ミステリー」とか「法廷もの」というジャンルは好きで、松本清帳の小説とか、ヘレン・ミレン扮するテニスン警部の活躍する重くて暗い「第一容疑者シリーズ」とか、「ペリカン文書」とか「ザ・クライアント」のジョン・グリシャムの小説とか、昔から家族みんなではまってました。
お兄ちゃんなんか、ミステリー好きが高じて(?)この前あたしがエルフと観た映画『チーム・バチスタの栄光』の犯人を、映画も観ず、ストーリーも全く知らないのに、登場人物と配役をあたしが軽く説明しただけで、犯人を一瞬で当てちゃうほど!!!
彼曰く「ミステリーは結構読んでたし、大体いつも人物設定で勘が働くんだよね」
それってそれって・・・ヲタっぽくなーい?と、一瞬だけお兄ちゃんに尊敬の眼差し(笑)
あ、話がそれちゃいましたが、「社会派ミステリー」はとてもよいです。
ミステリーとしてもだけれど、現代社会の問題や話題になっている事件など大概把握できるし、社会の闇とか裏とかカラクリとか構造の問題など考えさせられるし、現代社会を紐解く為の思考トレーニングにもなると思うのです。

深谷忠記著『ソドムの門』も、そんな社会派ミステリーのひとつ。
松本清帳+山崎豊子(ミステリーじゃないけど社会派小説)+宮部みゆきのエッセンスがあって(私的な感想)、上記の小説家すきな人は、結構楽しめるんじゃないかなー。
あらすじとしては、「東西薬品の抗生物質カルマナームで死亡者が発生」という情報から、9年前に新薬開発のための臨床実験に参加した中央日報新聞記者の佃が、臨床実験の際に治験仲間に重大な副作用が出たのを思い出し、あの時新薬候補物質として実験されていたのがカルマナームだったのではないか?という疑念から取材をしていく。やがて新薬許可をめぐる製薬会社・治験医師・厚生省・政界の癒着の構図が明らかになったとき、佃の中に変化が起きつつあったー、というかんじ。

すぐさま連想されるのは「薬害エイズ」問題とか、最近では「C型肝炎」問題です。
どうして、「薬害」が、社会へと垂れ流されるのか?というよりも、
「誰」が、「薬害」問題を、「なんで」引き起こすのか?
ということを、鋭い切り口で明らかにしていて、改めて考えさせられるのです。
深谷忠記は、そこに「人間の弱さ」や「善悪の所在」を、二元論的な立場からではなく、
より多元的に表現していて、そこが、また「ウーン・・・」と、やるせないような、うならせられるような後味です。
おすすめ。

【政治家は嘘で真実を隠すが、小説家は嘘で真実を語る】
            〜映画『V・フォー・ヴェンデッタ』の台詞より〜
ストーカーの心理
去年から、少しずつでもいいから、読もうと決心していたテーマ。
正直、読むのが怖かったんです。
二度と戻りたくない過去の記憶がフラッシュバックするかもしれない、という躊躇もあるし。
あたしよりずっと酷いケースを読むことで、「あぁ、ここまでじゃなくてよかった」と安心してしまいそうな自分が居たとしたら、それはそれで悲しい。
そうこうしているうちやっと、ある眠れない夜に、意を決して手に取ったのですが。
それから夢中になって読み始め、結局最後まで一気に読み終えてしまいました。
著者は、ストーカーについての本を翻訳した事がきっかけで、ストーカーについて関わるようになり、今ではストーカーの加害者・被害者ともにカウンセリングも行っていらっしゃるらしく、ご自身の吃音者としての心理や体験や、カウンセリングから得られた経験や情報をもとに、加害者・被害者両方について、分り易くアプローチされていて、読む前は正直ちゃんと読めるだろうか・・・と思っていたのですが、ある意味淡々としながらも、リアルな空気のまま進んでいく文章に、あたしはいつの間にか夢中になっていたのでした。

本を読みながら、過去の自分の体験を振り返りつつ。
あぁ、あたしのやり方のああいうところは悪かったんだな・・・とか。
あぁ、あそこは、こうしておいて正解だったんだな・・・とか。
以前より、落ち着いて、過去と向き合えていた自分についてもある意味ビックリでした。
でも、2度と同じような体験はしたくないから、被害者としての自分の過ちも、客観的に分析して、今後の教訓にしていくことが一番大切だと思うので。
色んな意味で、勇気を出して読んでみてよかったな、という気持ちが強いです。
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Editions de paris『パリジェンヌのキレイ日記』
恋も仕事もお洒落もインテリアも美容もグルメも自分磨きも♪
いくつになっても、可愛く綺麗にお洒落に健やかな笑顔で自分らしく生きていたい。
女の子は欲張りなんです☆
Editions de parisシリーズには素敵ライフのヒントやアイディアがいっぱいなのです♪

(ぽちっ☆)



『パリジェンヌのキレイ日記』

La vie en rose”バラ色の人生”〜ヴィクトリア・マニョン〜
「まず恋人のキスをもらうこと。そして夜も同じ。彼のキス。」


Ma grand-mere disait toujours”祖母が言っていたこと”〜ナタリー・プロースト〜
「健康できれいでいられるために、私の祖母が教えてくれたことがいくつかあるの。’まずピュアな空気の中を歩くこと、庭仕事をすること、花だけで作った自然香水、バラ水で顔を洗うこと、スミレ水を体につけること’も勧めてくれた。そして、’1番大切なことは愛し、愛されることだ’と言っていたわ」


La maturite"年を重ねて”〜マルティーヌ・ドゥ・マントン〜
「・・・年を取っても、それを受け止めながらよい人生を歩んでいると言えると思う。すべてがやさしく、簡単だった若い頃の写真を見て、ノスタルジーを感じることもあるけれど、あの頃よりも今は平穏だし、今までのいつよりも、大きな幸せを感じているの」


I love Audrey Hepburn,Jane Birkin and Juliette Binoche, but I don't like Paris Hilton or Lindsay Lohan.
Maybe, the difference is whether they know truly what the beauty is or not.
パリス・ヒルトンも、リンジー・ローハンも好きじゃない。
でも、オードリー・ヘップバーン、ジェーン・バーキン、ジュリエット・ビノシュは大好き。
たぶん、本当の美を知っているかどうかってことかな。

素敵に年をとっていきたいと思うお年頃ネ(^_-)-☆
家族って?

時として、今この瞬間に読むべき本に出会える奇跡がある。
いくつかの選択枝の中で、何気なく、でもまるで何かの力に吸い寄せられたかのように、
手に取る、その偶然と必然と。

向田邦子著 『冬の運動会』

あたしにとって、『家族』は大きなテーマのひとつなんです。

先週のほとんどを、エルフのお家で過ごしたあたし。
家族は、両親・祖父母・叔母・従兄弟で、旅行に行き。
あたしは、エルフのもとへとエスケープして。
家族についてあれこれ頭を悩ませていた、あたしは、エルフの本棚にあった数々の向田邦子の本の中から、何気なく、その本を取った。
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